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名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)2973号 判決

原告

富士産業株式会社

代理人

永井恒夫

被告

山本長兵衛

代理人

林武雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は名古屋地方裁判所昭和四一年(ヌ)第八一号不動産強制競売申立事件につき同裁判所が作成した配当表中、配当順位(1)番及び(2)番を除くその余の部分を変更し、原告に金二四九万一三〇五円、被告に金五二万一六三七円を各配当する、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として

(一)  被告は訴外安岡鉄男こと李鉉濯に対する名古屋地方裁判所昭和四一年(手ワ)第四九号約束手形金請求事件判決の執行力ある正本(仮執行宣言)に基づく金一五三万八五〇〇円(右の利息金二八万一七八三円)の債権があるとして名古屋地方裁判所に対し同訴外人所有の別紙目録記載の物件に対し強制競売の申立をなし、昭和四一年五月九日強制競売手続開始決定を得た。

(二)  ところで、原告は右訴外人に対し既に弁済期の到来している別紙債権目録記載の債権を有しており、うち金六三〇万円については抵当権を設定した上昭和四二年一〇月四日付にて抵当権設定の仮登記をなしているので、その債権に基づいて昭和四三年六月二三日右裁判所に配当要求の申立をしたが、その後前記強制競売につき同年六月二五日競落許可決定がなされ、同年九月三日右競売代金三四三万七九〇一円が競落人より同裁判所に払込まれた。

(三)  しかるに、同裁判所は右競売代金より費用として金四万二一六七円(配当順位(1))を差引いた残額中優先権を有する名古屋市北区長よりの租税の交付要求に対し金三八万二七九二円(配当順位(2))を配当した残額金三〇一万二九四二円を配当するにつき、本件競売物件につき昭和四三年三月二日付にて原告に対し所有権移転登記がなされたことを理由に同日以後の配当加入を一切認めないこととして原告の有する前記債権による配当加入を一切除外し、被告に対し金一八二万〇二八三円、訴外愛知マツダ株式会社に対し金二三万四九一三円(但しこれについては原告に抵当権仮登記があるため原告に配当するものとされた)を各配当し、剰余金として金九五万六九三六円を原告に支払う旨の配当表を作成した。

(四)  しかしながら、原告に対する前記競売物件の所有権移転登記は本件強制競売の登記の後になされたものであつて、差押不動産の第三取得者を保護する必要は全く存しないばかりでなく、本件の如く債務者に他に資産の無い場合には差押不動産の第三者への移転登記をもつてその後の配当加入を排除するのは、一部債権者に優先弁済を受けるのは不当な利益を与えることとなり、一部債権者が債務者と意思を通ずれば債権者平等の原則は全く踏みにじられる結果となるものであつて、競落許可決定までになされた一般債権の配当加入に対しては債権額に比例して平等に配当をなすのが当然であつて、本件にても原告への所有権移転登記の後になされた原告の配当加入を排除し被告の債権のみに対して配当する理由は全く存しない。

(五)  本件の如く差押物の譲渡があつた後における配当要求の取扱については現行の強制執行法上規定を欠いている。従つてかような場合には我民事訴訟法がフランス法系の平等配当主義をとつたことからして、あくまで平等主義を貫くべきであるし、規定を欠く以上民事訴訟法第六四六条第二項の規定により競売期日の終りに至るまで配当要求を許すのが当然である。

事実上の問題としても譲渡後の配当要求を許さない立場をとるときわめて不当な結果が生じる。例えば差押後直ちに差押債権者と債務者が通謀してかんぱつをいれず第三者に差押不動産を譲渡すると、配当要求債権者は詐害行為取消の訴によって右の譲渡行為を取消さない限り配当要求をすることができないが、当該競売手続は右の詐害行為敢消の訴にかかわらず進行してしまうから、右の取消訴訟の完結前に競売手続が終了し、結局配当加入は不可能という結果となるし、又差押債権額が差押不動産の価額を超過している場合には譲渡時には右不動産は全く無価値であるから詐害行為の成立しない場合もあろうから、差押債権者のみに優先弁済を受けさせることを意識的に行うというきわめて不当な結果を生ぜしめるが、これは平等主義をとる我民事訴訟法の破壊につながるものである。

そもそもこの問題は差押不動産につき所有権移転登記を受理することに無批判に取扱をしたことに起因すると考えられるが、実際上現在においては差押不動産の譲渡はほとんど行われていないからよいとしても、前述の如く譲渡後の配当加入が排除されることとし、その事実が一般に公知となればほとんどの差押手続においてかんぱつをいれず第三者への差押物の譲渡が行われ、競売手続が大混乱におちいるとともに、債権者平等の大原則は灰燼に帰すること明白である。

(六)  よつて、原告は配当期日に出頭して右配当表に異議を述べたが、被告は右期日に出頭しなかかつたため異議を正当と認めざるものとされ、右異議は完結しなかつたから、ここに配当表を変更し、前記配当順位(1)、(2)を除いた配当金の残額金三〇一万二九四二円を原被告、訴外愛知マツダ株式会社の債権額に比例して、原告に金二四九万一三〇五円(但し右訴外会社の分は原告分に加算)、被告に金五二万一六三七円を配当する旨の判決を求める。

と陳述し、〈証拠略〉

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として

(一)  原告の主張事実中(一)ないし(三)の事実はこれを認めるけれども、その余を争う。

(二)  我強制執行制度は仏法系の平等配当主義により立法されていることは明らかであるが、これはもとより原則であつてこれを如何に取入れ如何なる例外を認めたかは別個に考うべきである。民事訴訟法第六〇二条第一項但書の定めはかかる例外の一をなすものである。

(三)  本件係争の差押後の差押物件処分の効力についても例外をなすものである。

差押後の差押物件の処分につき差押債権者に対しては相対的に無効であるが、処分後の配当要求権者に対しては有効であるとした相対的無効主義の理由は次の如き立場に基づいているものと思われる。

差押後の差押物件の取得者はその取得の際における配当要求額を考慮に入れて目的物の剰余価値を判断した上で自ら代位弁済して目的物自体を取得するか又は競売代金の配当後の残余金の受領を期待してその目的物を取得するものである。個別的執行である強制執行においてかかる差押後の差押物件の処分は許されるべきであり、又これが取得者の期待も保護されるべきである。

かかる差押後の差押物件の取得者の期待と差押物件の処分後の配当要求債権者の利益のいずれを保護するかは平等配当主義をこの場合まで及ぼす必要はないものと考えられるのである。個別的執行の場合において速やかな権利行使を怠つた差押物件の処分後の配当要求債権者まで差押債権者の差押の効果に浴せしめて差押物件の取得当時の現状を信頼してこれを譲受けた第三取得者の利益を無視することは明らかに公平の理念を逸するものである。強制競売が個別的執行であつて破産の如き一般的執行でない以上債務者の全債権者間の平等配当を考慮する必要はなく、それぞれの個別的執行手続、配当要求手続をした債権者間における平等配当を考慮すれば足るものである。強制競売が個別的執行である以上差押後の物件の処分は差押債権者に対する関係における相対的無効の効力を認めてこれを処分することは破産の場合と異り依然認められるべきである。かかる関係において差押後の差押物件の処分が認められている以上差押債権者以外の配当要求債権者の配当要求の効力も物件の処分時をもつて個別的にその効力を定めるのが当然である。これが個別執行と一般執行との限界であり、取引の安全と公平の理念にも合致するものである。

と陳述し、〈証拠略〉

理由

原告主張の(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。

およそ、強制競売開始決定に基づき差押の効力を生じた後は債務者は以後その不動産についての処分を禁止されるのであるが、この処分禁止の効力は差押債権者及び処分前の手続参加のすべての債権者のみがその利益を亨受し得るものであつて、処分後の配当要求債権者はその利益を亨受し得ないものと解するのが相当である。

従つて、強制競売開始決定後所有権の移転登記が行われた後は債務者に対する他の債権者はもはや配当に加わることはできないものと言わなければならない。けだし、それらの債権者との関係では所有権の移転は有効に存在するのであるから、債務者所有の不動産とは言えず、それに対する配当要求は許されないことになるからである。

ところで、本件競売において原告は債務者所有の不動産が原告に対し所有権移転登記がなされれた後に配当要求をなしたと言うのであるから、右配当要求を除外してなされた本件配当表の作成は正当なものと言わなければならない。

よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(山田正武)

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